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近年再注目! “大正の蔦重”が蘇らせた木版画「THE 新版画」展、福島県立美術館にて開催中
進化した浮世絵「新版画」を生み出した版元・渡邊庄三郎と、作品の見どころをご紹介

福島県立美術館で、2025年3月22日(土)より「THE 新版画」展が開催されています。
「新版画」とは、“大正の蔦重” ともいえる版元・渡邊庄三郎が、江戸時代の浮世絵木版画を、世界に通じるモダンな作品として大正初期に蘇らせた「新しい木版画」のことをいいます。
渡邊庄三郎のプロデュースにより生み出された「新版画」は、大正から昭和の初めごろまで、国内はじめ海外でも高く評価されていました。そして時を経て近年、その素晴らしさで再び注目されています。
現代のイラストやアニメにも通じるモダンさと、精緻な職人技が冴える「新版画」。今回の展覧会では、渡邊庄三郎が興した渡邊木版美術画舗が所有する貴重な作品・約180点を間近に見ることができます。
同美術館・学芸員の月本寿彦さんに詳しく教えていただいた新版画の魅力と、展覧会の見どころをご紹介しますのでぜひご覧ください!
目次
新版画を生み出した “大正の蔦重” 版元・渡邊庄三郎
今、放送中のNHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」を観ていますか?
主人公の「蔦重」こと蔦屋重三郎は、版元「耕書堂」として喜多川歌麿や東洲斎写楽の作品を世に出し、やがて“江戸の出版王”と呼ばれた人物です。ドラマ内でも錦絵のプロデューサーとして絵師や作家に依頼する場面が何度も出てきますよね。
蔦重が活躍したこの頃、天明・寛政期(1781-1801)の約20年間は「浮世絵の黄金期」といわれ、多色摺の美しい錦絵が広く普及しました。
しかし明治以降、西洋から写真や印刷技術などが入ってきたことにより、浮世絵は衰退してしまいます。
国内では「浮世絵はもう古い」として価値がないものとされていましたが、一方、海外では浮世絵の芸術性は非常に高く評価されていたのです。
「浮世絵の素晴らしさに、なぜ日本人は気づかないのか」
このような状況を憂い「伝統的な浮世絵木版画の技術を受け継ぎつつ、最高の品質と、世界に通用する新しい感覚を取り入れた木版画を創り出そう」としたのが、若き古美術商だった渡邊庄三郎でした。
渡邊庄三郎はその後、版元として独立し、新たな木版画の制作に取り組みます。外国人画家の作品を版画にしたり、洋画の心得のある日本人画家に原画を描かせたり、軽井沢など外国人の多い避暑地でどんな絵が売れるのか試したりもしたそうです。
さらに、のちに木版画の画家として有名になる川瀬巴水や伊東深水を始めとする、若き画家の才能を見抜いて引き立てます。

“旅の版画家” 川瀬巴水の「東海道風景選集 日本橋(夜明)」
誰にどんな絵を描かせて、誰に彫らせ、どのような技法を使って摺らせるのか。蔦重のように、庄三郎が目利きとして作品の制作全般をプロデュースすることによって、最高の素材と技術に新しい感覚も加わった「新版画」が確立していったのです。
一切の妥協なし。最高の品質と超絶技法を駆使
新版画は、浮世絵の時代から続く絵師・彫師・摺師の分業を基本としていますが、最高品質の材料を使い、浮世絵の何倍も多い多色摺りを駆使して繊細なグラデーションを表現し、さらに洋画の視点も加わっているところが、従来の浮世絵木版画との違いです。
使われている和紙は最高級の「越前奉書紙」で、江戸時代の浮世絵に使われている和紙の倍くらいの厚さがあるものを特注していたのだそうです。
作品の価値を守るために、摺りの枚数に上限を設けていたことも特徴です。一度に摺る枚数は100枚〜250枚ほどでした。
摺りの技術も大変素晴らしいもので、新版画を1枚仕上げるために30〜40回も色を重ねて摺ることで、深い色合いや繊細なグラデーション、奥行きを表現しています(ちなみに浮世絵は15〜20回くらいの摺りが一般的だそうです)。
摺りも、彫りも、気が遠くなるような手間と時間をかけて出来上がっていることがわかります。
会場内に、39回の摺りを重ねた作品を、1回ずつの摺りの過程に分けて撮った動画が見られる部屋がありますので必見です。

伊東深水「髪」の摺りの過程を1枚ずつ追う

こちらは彫師の版木作成の様子がよくわかる動画
摺りを何十回も重ねる様子は、現代のデジタルを使ったイラスト制作で、レイヤーを駆使して作品を作り上げるのにも似ているなと思いました。
夜の闇の中にうっすらと浮かび上がる川岸の植物の重なりや、水面に映る景色の揺らめきなど、一見すると暗い色で塗りつぶしても良いのではと思うようなところも一切の妥協なく、細かな描写と色が重なり、深みを増しています。
また、背景の塗りにさらに独特の質感を加えるために「ざら摺り」(あえてバレンの摺り跡の線を残す)や、「空(から)摺り」(色をのせずに摺って紙に凹凸を残すことで、猫の毛並みや、白い着物の模様、身体の丸みなどを表現)、「雲母(きら)摺り」(キラキラ光る雲母の粉末を使用し、光の反射を表現する)など、多彩な表現が行われています。

猫の毛並みを「空摺り」で表現

チャールズ・W・バートレット「ホノルル浪乗り」

「空摺り」によって、白い波頭に立体感が出ている
版画は平面的なのだろうと思っていましたが、これらの技法が駆使された新版画の実物を見て驚きました。
ぜひ会場で、さまざまな角度からじっくり眺めていただきたいです。
川瀬巴水や伊東深水ら、後に大人気となる画家をプロデュース
渡邊庄三郎は、その卓越した審美眼で、のちに新版画の人気を牽引することになる画家たちを発掘し、育てました。
川瀬巴水(かわせ はすい)
日本各地を旅して風景を描いたことから「旅の版画家」とも呼ばれています。25歳のとき、鏑木清方(かぶらき きよかた・日本画家)に弟子入りしようとしますが、歳を取りすぎていると断られ、一度洋画を学んだそうです。
2年後にようやく鏑木清方への弟子入りが認められ「巴水」の画号をもらって日本画家となります。
同じく鏑木清方の弟子であった伊東深水の版画作品に影響を受け、以前から巴水の風景画に関心を抱いていた渡邊庄三郎のもとで風景版画を作るように。以後、庄三郎とともに新版画を牽引しました。
川瀬巴水は「風景が全部版画に見える」と話していたようで、初めから版画になることを想定して下絵を描いており、版にどの色を使うか、どのように彫るかといったことを理解していたといいます。
旅情あふれる日本の風景の数々をぜひ見ていただきたいです。夜の闇に浮かび上がる水辺の風景などに心を掴まれます。
伊東深水(いとう しんすい)
川瀬巴水と同じく、鏑木清方に師事。やわらかな美人画で知られる、歌川派美人画の流れを受け継ぐ「最後の美人画家」といわれています。川瀬巴水とともに新版画の第一人者です。美人画だけでなく、若い頃には社会の底辺に生きる人々をすくい上げるように描いています。
版画なのにまるで水彩画のような繊細な色の表現や、なんとも艶っぽい女性の表情やしぐさが魅力的です。多くの摺りを重ねなければ出せない繊細な色使いにも注目です。
(伊東深水の娘は、俳優の朝丘雪路さんということを知りませんでした)
名前はあまり出てこないが、実は彫師・摺師もすごい
著名な画家のように名前は表に出てきませんが、渡邊庄三郎や画家の求めに応じ、超絶技巧を駆使して共に作品を作り上げた彫師・摺師も素晴らしいです。
繊細な彫りには間近で見るほどため息が出ます。髪の生え際、絞りの着物の模様など、どうすればこんなに細かく彫れるのか……。
彫師は、1mmのなかに4本の髪の毛を彫ることができるのだそうです。彫るといっても、細い線で削るのではなく「残す」のですから、想像を絶する繊細さです。
また、作品の中には、同じ版木を使って、あえて色を変えて摺った作品が並んで展示されているものもあります。空や景色の色が変わることで、季節や時間、受ける印象がまったく異なる別の作品として成立しています。
それらの作品を見ると、摺りの技法や色のグラデーションなど、全体をどのように仕上げるかは摺師の腕による部分も相当大きかったのだろうと思います。
摺り色の違いが見比べられる作品が何点かありますので注目です。

左が下絵、右が完成した版画。彫りと摺りで若干変更されている

同じ版木を使用しているが、色の違いで風景が変わる(空などは版木が違う)
スティーブ・ジョブズも魅了された「新版画」
禅の思想をはじめ日本文化に傾倒していたスティーブ・ジョブズ。彼は「新版画」の美しさに魅了され、来日のたびに銀座の画廊を訪れていたそうです。かつて「マッキントッシュ」の製品発表の際には、モニターに新版画の絵を映したほど気に入っていました。
それらのエピソードは、NHKのWEB特集「スティーブ・ジョブズ マックを生んだ日本の版画との出会い」記事に詳細が記されていますので、興味のある方はぜひ読んでみてください。
学芸員・月本さんから皆さんへメッセージ
同美術館・学芸員の月本寿彦さんは新版画が大好きで、今回の企画展の立案にも深く関わったのだそうです。美術館で販売している図録の編集・執筆も、月本さんが担当しています。
月本さんからは
「版画というと、画一的に同じものが作られるイメージをお持ちかもしれませんが、新版画は一枚一枚に手仕事ならではの味わいがあるんですよ。また、現代の日本のアニメーション文化やイラストレーションにも近いものがあると感じています。
新版画の魅力を、少しでも多くの方と共有したいと思っています」
とメッセージをいただきました。

同館学芸員の月本さん。指さしている版画は川瀬巴水の「東京十二ヶ月 三十間堀の暮雪」。
日本が世界に誇る「新版画」。版元・渡邊木版美術画舗の協力により、貴重な初摺が多数展示されていますので、この機会をお見逃しなく。
月本さんによる作品の解説を聴きたい方へ、ギャラリートークや、特別講演会のスケジュールを以下に掲載しておきます。
また、渡邊木版美術画舗 代表取締役 渡邊章一郎氏(三代目当主)による作品解説や、専属摺師による摺りの実演、寄席も開催されます。
会期中、着物で企画展にお越しの方には特別グッズのプレゼントがあるそうですよ!(なくなり次第終了)
会期中行われるイベント案内
ギャラリートーク |担当学芸員による作品解説
日時:2025年5月3日(土・祝) 13:30~14:30
※申込不要、企画展観覧券が必要です。
スペシャル・ギャラリートーク |渡邊木版美術画舗代表取締役・渡邊章一郎氏による作品解説
日時:4月19日(土) 14:00~15:00
※申込不要、企画展観覧券が必要です。
新版画の摺りの実演 |渡邊版画店専属摺師・渡辺英次氏による摺りの実演
渡邊木版美術画舗代表取締役・渡邊章一郎氏による実況解説付き
日時:4月20日(日) 13:30~15:00
※申込不要、聴講無料、先着順
新版画寄席 |会津若松市出身の真打落語家・三遊亭兼好師匠による落語会
日時:4月27日(日) 14:00~15:30 途中休憩あり
※申込不要、聴講無料、先着順・定員250名
特別講演会 |担当学芸員による特別講演会 展覧会の企画から新版画の魅力まで
日時:5月18日(日) 13:30~15:00
講師:月本寿彦(当館学芸員)
※申込不要、聴講無料、先着順・定員250名
着物で新版画|会期中、着物で企画展を観覧する方に特別グッズをプレゼント(なくなり次第終了)
企画展示室受付にてお申し出ください。
企画展:THE 新版画 版元・渡邊庄三郎の挑戦 詳細
福島県立美術館の近くにあるカフェなど
展覧会で心を満たしたら、カフェでちょっと一息ついてはいかがですか? 美術館に併設の「笑夢」をはじめ、歩いて行ける範囲に素敵なカフェがありますよ!